160時間の使い方

会社員だった頃、9時〜5時という時間を「労働+お金」のセットとして受け取ってた。深く考えず、それが普通だと思ってた。

私がいた会社は外資で、9〜5時のきっちり型ではなかったから、仕事が終われば帰れる日もあったし、出張しながら仕事をすることも、海外からリモートで働くことも、珍しくなかった。

それでも自分の時間の中心は “会社に差し出す時間” であることは変わらないよなって今思う。

えーーー!数字にして初めて “とんでもない時間だな” と気づいた。学校の授業1時間でも長かったのに、あれを160回、毎月。しかも通勤時間は別枠で追加。

その時間を、お金を稼ぐための仕事に差し出して、その対価でやっと好きなことができる仕組み。それを長い間、あんまり疑ってなかった。

ブルガリアに来て、結婚して、出産して、「会社に所属できない状況」になって、やっと離れたけど、自分で辞める理由を作らなかったら…続けてた気がする。

そして気づいた。

1時間が濃い。

子どもと料理する時間。
昼寝する横で、静かに本を読む時間。
家族とただ一緒にいるだけの時間。

そんな大切な時間って、160時間差し出して“やっと手に入れるもの”じゃなくて、最初から自分で選ぶことも可能なんだよなって気づいた。

起業してまだ数ヶ月。“好き+得意” で働くと、まず時間の使い方が変わる。お金の額じゃなくて、時間の配分が変わる。

そして、人の成功を伴走できる喜び。本当にあるんだ…?と笑っちゃうくらい、楽しい。

「お金は苦労して稼ぐもの」という思い込み。あれ、嘘だったの?楽しくてもいいの?…っていう衝撃w

幸せって、お金の多さじゃ測れない。

「若いうちに稼ぎ切れ」という考えもあるけれど、疲弊や燃え尽きを経験した私には、もう選べない道だなー。

そして、自分のワクワクにしたがって起業してみたら、会社にいた頃の空とは違う景色が見えた。

私は会社でたくさんのことを学んだし、そこで働く人がいるから社会が回っているから、会社も大切な部分もあると思う。そして、私は会社にいた頃のこと全然後悔していないのだけど、

でも、思う。

160時間。どんな空の下で過ごしたいんだろうって。

生きるために生まれてきたから、お金稼ぐために生まれてきてないな・・・

時間の使い方、それって、本当は誰でも選べる。
当たり前なのに、気づかないまま、一生懸命やってたなと。。。

自分の時間を、自分で決めるって、こんなに尊いのかとジワジワ感じ始めて3か月目の私のつぶやきでした。